2019/06/03 (月) 15:11:46

6月3日


何も考えずにボーッとしているときの私の目は生気がないらしく、いわゆる「死んだ魚のような目」をしているのだろう。
昔から、無心になっていると唐突に「大丈夫!?」と人に心配されたりして
(そんなにやばい目をしていた…?)と自分でも驚き、なにごともなかったかのように「はい大丈夫です」と答えるのだった。


最近、目を褒められることが増えた。
横浜へ、たけとんぼ×斉藤哲夫さんのライブを観に行った帰りのことだった。
ライブを観に来ていた可愛い女の子たちと同じ電車に乗り合わせて、なんとなく皆で会話をしていた。
そのうちの一人、イラストレーターのびびちゃんがふとつぶやいた。

「瞳が茶色…」

びびちゃんは少しかがんで、座っている私の目を覗き込んでいた。
それは、生気のない目を見たときの驚きではなく、
道端のきれいなお花を発見したときのような反応だった。


「茶色いんだ。そうかも。珍しいのかな?」
「珍しいし、きれいだなあって。」


そんな風に言われたは初めてで嬉しかった。
隣に座る、ヘアメイクの昭和女子:南ちゃんも「茶色、良いですねぇ。私、黒いですもん」と言った。
見ると、確かに南ちゃんの瞳は黒かった。彼女は黒くてはっきりとした目が良い。
心理的に人の顔色はよく気にするが、
ビジュアル的に人の瞳を気にしたことがなかった。


この機会のほかにも、目の形が良いと褒められることもあった。
私の目つきが変わったのか。
大してそれは変わらないかもしれないが少なくとも、良い発見をしてくれる人たちに巡り会えているようだ。

 
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2019/05/20 (月) 01:51:20

球場

5月18日



午前10時前 千駄ヶ谷着。
建設中の新しい国際競技場を通り過ぎ、神宮球場を目指す。
スタジアムや練習場が密集しているこの一帯は大いに人の手が入っており、整然としている。しかしほどよく緑もある。
たまにこういう道を歩くのも気持ちが良い。


神宮球場で、ヒガシさん、不知火さん、ODC集合。
特にODC(クララズのドラムお姉さん)と会ったのは久しぶりだが、それがライブハウスやスタジオではなく、球場であることがなんだかファニーだった。
甲子園球場のキャップ帽をかぶってきた私を見て、ODCも自分のキャップを取り出してかぶった。
黒地にTとHの文字が重なったオフホワイトのロゴが可愛い、阪神タイガースのキャップだった。


「実家にあったやつ。こういうときにしかかぶれんから。」
「私ももう、こういうときじゃないと使えない。(家からかぶってきたけど)」


私たちの目的は、早稲田大学の野球部監督、小宮山悟。
6大学野球の試合で、早稲田と法政の闘いを観ることになった。
ということでキャップのデザインは、内容には一切関係ない。
頭や肌を紫外線や熱から守る、機能的なアイテムとしてのものである。




初めて観戦する大学野球で、高校野球との違いがたくさんわかった。
攻守関係なく、応援の演奏・パフォーマンスが行われていること。
スコアボードが表示されるディスプレイには、打者の写真、名前、学科、出身高校まで表示される。
プロ野球のようだ。
ブラスバンドの演奏も、さすがにレベルが高い。
チアリーディングも華やかで、人の上に人が立ち、飛ぶという、身体能力を生かしたパフォーマンスまで観れる。
…など、野球以外の見所もたくさんあった。
不知火さんが、神宮球場でしか売っていないJingu Cornというポップコーン、そしてヤクルトを買ってきて、みんなに配ってくれた。
ここはヤクルトスワローズの本拠地なのである。


私たちは、内野席から小宮山監督の動向を目で追った。
小宮山監督は選手と同じユニフォーム、背丈も同じぐらいだけれど、紛れることはなく、現れたときは遠くからでもすぐにわかった。
絶対にあの姿は小宮山悟だ、という存在感があった。


特に不知火さんとODCとは、何年も前から、小宮山悟に注目していた。
引退セレモニー、穏やかなフォームで魔球を投げて三振させる映像を何度も見てきた。
しかし小宮山悟のプロ野球現役時代をリアルタイムでは知らず、彼の野球人生の時間を考えればにわかに注目しはじめただけの、なめたファンだ。
すいません。


監督はベンチにいるため、内野席からはほとんど見えなかった。
フード物色ついでに違う角度から眺めた不知火さんは、「監督、なんか資料ずっと見てたよ」と言う。
6回からは、監督も立ち上がったり、ピッチャー交代の指示を出すためにベンチを出たりした。
そのたびに監督は帽子を外してグラウンドに向かっていた。


8回で試合が動き、早稲田0-2法政で終了。
4人とも席を離れ、フード物色をする。
意外にも人気があったところは、うどんコーナーである。
ナンコツとろとろうどんなど見るに美味しそうであった。
長蛇の列に並んだ不知火さんと私に、
別の店でカレーを買い終えたヒガシさんとODCが「監督さっきそこでインタビューしてて、近くで見れたよ。まだやっていると思う。」と報告。
行列が進んだところまできた不知火さんと私は、迷うことなく2人して列から離れ、監督を探した。
すると、探す間もなく歩き始めた直後に、インタビューを追えて帰る大きな男性が「おつかれしたー」と言って球場を出た。監督だった。
不知火さんと私は「あ」以外の言葉が出なくなり、
またうどんの列に並びなおして、しばらくしてようやく話した。



温玉うどんは、階段をのぼって座席まで持って行くことが怖いほど、具も汁もたっぷり盛られていた。
話に聞いていた通り全くコシのないうどんで、
病み上がりの私には本当に有り難い逸品だった。そうでなくても高い満足度を得られるだろう。美味しい。
2階席の一番上の列はとても高いところにある。
眺めが非常に良いし、4人並んで座れるほど空いていて快適だった。
ここからは、野球だけでなく、近くのラグビー場やテニスコートも見えた。


第2試合からは、球の行方を追った記憶がほとんどない。
ヒガシさん、不知火さんとは、甲子園や大宮の市営県営球場など、何度か野球を観に行ったことがあり、すっかり観戦仲間である。
どの回もそうなのだが、試合内容というより、球場の雰囲気そのものを楽しんでいる。
グラウンドで繰り広げられる緊迫感と、
2階席のこの弛緩したムードはなんだろうか。
「ゆったりしてて、こんな土曜日ええなあ」とヒガシさんは言った。
球場は楽しい。


 
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2019/05/14 (火) 19:38:52

健康診断

5月14日


冬ぐらいから待ちに待っていた健康診断へ行った。
ワクワクとまではいかないが、年に一度の行事として楽しんでいる。

いつも行っていた施設はとても綺麗で、空いていて、雑誌のラインナップも良く
(2年間の統計によると毎年この時期の某マガジンはいつも小旅行をすすめてくる。いつもそそられていた)
好んでいたのだが、
今年は違う街の施設へ行くことになった。

受診者が多く混んでいて、あまり広くなく、雑誌も微妙で、「わあ綺麗〜」とまではいかない空間だった。
ふるーいビル・物が好きな人間でも、
やっぱりある程度の快適空間には叶わんことに気づいた。
快適でなかったとしても趣があれば良い。
そして、美術館・観光地・カフェと同じように、健康診断をやるところも、人が少ないに越したことはないんだなという、漠然とした小さな発見に結びついたのだった。
そしてこれはどの施設もそうなのだが、看護士さんの手さばきはてきぱきとしていてすばらしい。
混んではいたが、健康診断は「もう終わり…?」と拍子ぬけするボリュームだった。
いつもそうかもしれない。




印象に残った部門。
視力検査では両目が0.9と、
視力が年々下がっていくことに落胆。
しかし毎日、顔の前でスマホを見続けているのだから、納得もいく。
ここで、看護士さんから意外なる提案があった。

「去年、左目は1.0だったのでもう一度測ってみましょうか。」

視力1を切るか切らないかの、復活戦のチャンスを与えてくれたのだ。

「今度は機械でなく、口頭で方向を教えてください。」

私は真剣にCの字を見つめ、方向を伝達した。

「今測ったら1.0でしたね。では前回と変わらない結果ということで記録しますね。」

そういう感じでいいんだ。
現状維持は簡単ではない。気を緩めてはいけないなあ。


身長はなぜか0.5センチ伸びていた。
ここ数日、自宅で寝てばかりいたからだろうか。
苦手な採血は、いつも腕から最大に目をそらす。
ちょうど窓際の席で、目をそらすと7階からの通りの景色が見えた。




まっすぐ駅へ向かおうと思ったが、
昨日の夕食以来なにも食べていないのと、採血で血が減ったからかわからないが
頭に血が行ってないような感覚があった。
私は空腹状態が続くと、体に異変が起こるのだ。
これは何がしかの養分を取り込まなくてはならない。
近くのセルフうどんチェーン店に入店した。
オフィス街のちょうどお昼どきで、うどん注文コーナーには列ができていた。

「温玉、小、あったかいのお願いします。」

出てきた美味しそうなうどんをおぼんに載せて、カウンター席に腰をおろす。
念願のどんぶりに手を触れたら、ひんやりしていた。
取り替えて頂くために席を立ったら、まだ列はできていた。また並ばねばならない。
ようやく取り替えたあとに席へ向かうと、未会計と勘違いされてしまう。
忙しい時間は大変だ。
私の頭には血がちゃんとのぼっているな、と冷静に思った。


 
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2019/05/12 (日) 19:52:57

省みる

5月12日


本当はこんな態度をとっては相手に不愉快だろう、でも自分にそれを配慮する気持ちの余裕がなく、あんな態度をとってしまった!ということは生きているうちにいくらでもあるだろうな。
近しく、甘えられる人にほどそれはやってしまいがちである。
わかりやすい例を今日体験したのでメモ。
なんでメモするかわかんないけどメモ。



今日は母の日。
母上に日頃の感謝を伝えるような日とされている。
毎年わたしはデパートなどでスイーツを買ってプレゼントしているが、
今年はきょうだいで回転寿司の店へ連れて行き、母の分をごちそうするという約束になっていた。


胃腸炎になってしまった私は今朝から気分がよろしくなく、
寿司店へ行くことを断念。
サーモン、エンガワ、つぶ貝、食べたかったよ…


母・きょうだい、帰宅。
きょうだいからは、母にごちそうした分のお金を割った金額分請求された。数百円である。約束である。
しかし私は、寿司を楽しめなかったことに面白くなさを感じながら、しぶしぶ支払った。


母には、病状と、「お金渡したよ。食べたかったな。」とうったえる。
母は自身の膨れたお腹を手でおさえ、
「いっぱい食べれたよ。ごちそうさま。」と笑顔で言った。
ここで「それはよかった!」などと言い返せばいいものを、
私は自分を心配してほしい気持ちが強く、
目も合わさず、「ふうん」と不機嫌を明らかにした。
ああ、いけない。
日頃、母がしてくれていることに数百円の感謝は安すぎるものである。
こんど、めちゃんこ美味しいおかずでも作って差し上げよう。



 
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2019/05/12 (日) 01:00:49

ほんまの休み

5月11日


ずっと体が疲れているしお腹が痛いし、このままではガツンと心がグレてしまうのでは、と危険を感じた。
最近歌うことなどが楽しく、ライブしたい気持ちも強いってんに
ライブの出演もキャンセルした。
楽しみにしていた皆様、共演の方々、ご迷惑をおかけしました。


お腹にはヤバさを感じたから病院へ行った。
この小さな病院の待合室にはテレビがあり、いつ行っても『世界の車窓から』のDVDが流れている。
「そういうの好きなんだなあ」と院長の趣味のひとつがまるわかり。
今日は、ブラタモリの小田原編が流れており、「やっぱりそういう類いが好きなんだなあ」とわかり、さらに好印象。


院長ではない先生が診てくだすった。
2週間ほど前から薄く長く調子が悪かったこと、食、働きや遠出の疲れが残っていることを話す。

「弱りはじめたところに普段通りの食事をすることで回復を遅らせちゃうんですよ。"働けないです"と言っているところに仕事を放り込むようなもので。」

わかりやすい例えだなあ。
私は体のサインを無視し続けていたみたい。




薬の提案の仕方もよかった。
私が今まで診てもらった先生だと、症状をきくなり「これとこれ出しときますねー」とたくさんの種類の薬をボンと処方されることが多かった。
この先生は、最低限服用しておくべき薬は「出しておきますねー」と決定し、
ほかの薬の種類についてはひとつひとつ効能を説明して、どうです?出しときます?というように訊いてくれる。
今日の問診から、
処方された薬は抗生剤、胃を守る薬、
直接、腸にはたらきかけるものはビオフェルミン(整腸剤)だけだった。


機能的に考えると、
しばらく自宅で安静にして、食事に注意をし、ビオフェルミンを薬局で買って服用すれば
病院へ行かずとも回復に向かう結果は同じかもしれない。
しかし、症状を自分で省みて説明したり、先生から説明を受けることで、
病院を出る頃には自分をいたわっているような気持ちになって、安心した。


部屋で横になっていると、天気のよさに悔しくなった。
いま部屋でゆっくりしていることが、ずっと自分が求めていたことだったんだと思いなおす。
夕方になるにつれ、日は暮れていくんだなという当たり前のことに気づいた。
Macからトラックを流して、それに合わせて口ずさんだり、ギターを弾いたりした。
明日も休むことにした。


 
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クララズによる自由研究、日誌