2019/02/19 (火) 23:52:40

世田谷区

2月16日


三軒茶屋から徒歩3分、SEIYUに漂着。
土曜の雑踏の中からニンマリこちらに目をくれた者がいた。スネアを背負ったきむりんと田中ヤコブさん。
腹ごしらえすべく茶沢通りを素直に歩く。


ク「ラーメン食べたいから、日高やでも良いですよ。」
き「いいですよ、いま日高や熱いらしいです!」


入店するも3人と楽器を置けるような懐はそのときの日高屋にはなかった。


き「やっぱり日高屋、熱いから人気だ。混んでた。」
ク「良いことだよ。」
ヤ「まぁほか探そう。俺たちの選ぶ場所はこんなもんじゃない。」


美味しそうなトンカツやさんを見つけた。
1階がトンカツ売ってるとこ、お店は2階にあって、看板がとても良い。信じられる構造だ。
3人で入り口のメニューに食いついた。
ランチメニューもある!と盛り上がったかと思いきや、急にヤコブさんの反応が変わった。


ヤ「あ!おれ!今日トンカツ、エヌジーなんだ…!!」


今日だけ体がトンカツを拒否してしまうのだろうか。
私ときむりんは唖然とし、しばらくヤコブさんを見つめた。


ヤ「今日の夜、友達と"うまいトンカツ"食いに行く予定だから…」
き「それはだめですね。」


ただ私たちが店に興味を示しただけでなく、メニューへの食いつきから、入店を検討する雰囲気になってきたからだろう。
しかし実は、私は今日に限らずトンカツが苦手なのだった。
だけど、"うまいトンカツ"ならいけそうな気がした。





私たちが漂着したのは、こぎれいなハンバーガー店だった。
フレッシュネスよりも更にカフェ感のある内装で
しかし値段が、疑問を抱くほどリーズナブルなところが入店の決定打となった。
私たちはハンバーガーにかじりつくそのときまでずっと、この店を怪しんでいた。
パンも肉も焼き方が良いのか美味しかった。


ここで平松君が来店し、きむりんは高田馬場のスタジオへ行くべく店を出た。
ヤコブさん、平松君、私は松陰神社前を目指した。





ナンバガの再結成とか、実はこんなマンションに住みたいとか、そんなことを話しているうちに面白い街並に突入し、そこが松陰神社の近くであった。
実は、若林〜松陰神社にかけてはクララズのMV撮影ロケ地であり、
撮影した去年の1月以来にこの道を歩いた。
2〜3日撮影に来ただけで、だいぶ色々なスポットが記憶に染み付いたものである。
しかし今日歩いても、サンパー(散歩する人)たちの粋な着眼点により街をまた新しく感じるものだった。
発見したことは、若林という街の著作権のゆるさだった。


世田谷線 松陰神社前駅の近くに小さな鳥居がある。


平「鳥居が新しくなってますね。」


MVに出演してくれた平松君はこの鳥居のことを覚えており、新しくなったことにも気づいた。
私はまったく気がつかなかったが、言われてみれば、明るく真新しい色をしている。


平「檜じゃないですかね。」
ヤ「ほんとだ、良い匂い。」


2人が檜でできた鳥居に鼻を近づけて匂いを嗅いでいたもんで、私も鼻を鳥居に近づけた。良い匂いがした。
3人の大人が鳥居に鼻を寄せ合い唸る光景は、檜がないとなかなか起こりにくいことではないだろうか。





我々はなにをしにこの街まで歩いてきたかと言うと、
最近知り合った浮(buoy)のよねやまさんという子のお誕生日ライブを観に、えんとつという名のバーを目指したのである。
誰ひとりそのバーを訪問したことはなかった。
事前に地図を調べた私だけがおよその道を知っているのだが
サンパーたちの嗅覚なら地図がなくとも見つけられるようなムードもあり、あえて私は口を出さなかった。
恐ろしいことに、主張の小さいえんとつの看板を、地図なしで見事見つけることができたのである。
私はたまげた。


とても小さなバーを想像していたのだが、えんとつは奥行きも高さもあり、広々としていた。
よねやまさんは我々を見ると嬉しそうに笑っていた。
様々な冊子、雑誌、雑貨、ABボタンのきかないゲームボーイカラーなどが置いてあり、遊び心に満ちている。
よねやまさんは緊張していると言っていたが、いつものように歌っていた。
たくさんの人がよねやまさんをお祝いしに来てくれたが、
我々3人をステージに呼んで歌わせてくれた。
4人合わせて、「平松チャイナワールド」と申す。

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終演後もえんとつでしばらく遊んでいた。
今日この会場に遊びに来た人々を見ると、ミュージシャンっぽくて絵を描いてそうなタイプが集結しており
お洒落度がハイだった。

ク「よねやまさんの周りはお洒落な人が多いよね。」
よ「そうですか。」

よねやまさんには良い店を教えてもらった。

 
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2019/02/03 (日) 14:06:44

ジョンとポール

ビートルズと友達とギターと私。
みどりさん。




私がビートルズを知ったのは小学校高学年の頃だった。
あるとき父が、ビートルズ、モンキーズ、ビーチボーイズのCDを買ってきた。
今はないかもしれないが、駅構内とかで出店してる謎のCD屋さんの、あの公式じゃない日本だけで発売してる1000円ぐらいのやつ。(推定価格)
SPEEDとかDA PUMPとかモーニング娘。とか、チャキチャキしたのを聴いていた私の趣味に
突如、60年代の風が吹きあげて来たわけである。

当時はなんの疑いもなくCDを眺めていたが、いま考えると謎のジャケットデザインである。
ビートルズの盤の中に、
「サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド」があった。
なんて長いタイトルなんだろう。
学校の友達に、唐突に言ってみて「なにそれ」って言われたくなってきた。

「ねえ、サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドって知ってる?」
私は友達に訊き回った。
知ってる人がいるわけがない。
それをわかっている上で質問する。なんて奴!
でも私は、友達に唖然としてほしかった。
期待通り、多くの友達はポカンとしてくれたり、なにそれもっかい言ってと笑ってくれた。
訊き回ったというよりは、言い回ったという方が正しい。


しかし、一人だけ、その"言い回り"の通用しない者がいた。
私と同じひょうきん者、イトちゃんという男だ。

「イトちゃん、サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドって知ってる?」
「サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド?知ってるよ。」
「…!!! (復唱できた!!)」
「ビートルズでしょ。」
「なんで知ってるの!」


予想外の大発見である。
仲間を見つけたのだ…
イトちゃんは、お母さんからビートルズを知ったそうだ。
お母さんとは、みどりさんというとても美しい方だ。
その前、ポケモンの流行に火がついていたとき、イトちゃんの家でポケモンのCDを聴いていた。
「ニャースの歌」を聴いていたところ、
みどりさんは突如アコースティックギターを取り出し、耳コピを始めた。
憧れのギターが急に現れ興奮していると、みどりさんはそのへんの紙に、わけのわからない数字やローマ字を書き出した。
それは、なんの音を和音として鳴らすべきかを示す、"コード"のことだ。
理解不能。ギターって難しそうだと思った。

「あぁあ。はじまっちゃった。うちのお母さん、あれが始まると長いんだよ。たぶん夜まで続くと思う。」
「そうなの」

その後みどりさんは、我々よりも物事に熱中し、
私が"お邪魔しました"するときも返事をしたのちにギターを弾き続けていた。
翌日、イトちゃんに昨日のみどりさんの様子をきいてみると、
やはりあのあと夜遅くまで耳コピが続いたらしい。
みどりさんは、昔バンドをやっていて歌っていたそうだ。
ギターがほしいな、と思った。




話は少し逸れたが、みどりさんの紹介は大事なことである。
サージェントの私のフリから、ビートルズに最近はまり出したことをイトちゃんに言うと、
イトちゃん、というかみどりさんが喜んで、ビートルズのアルバムを色々貸してくれた。


夏休み、みどりさんが、イトちゃんとその従姉妹と私を、
六本木にあるライブ会場へ連れて行ってくれた。
緊張していたのか、寝過ぎたのか、当日の朝あたまが痛くて行くか迷ったことも覚えている。
でも行ってよかった。

ビートルズのコピーバンドの公演である。外国人のおじさんたちだった。
使っている楽器も、格好も髪型も全部ビートルズモデル。
会場の名前も、公演名もバンド名もわからない。
ステージがあって、観客がしっかり椅子に座れるあの小さなコンサート会場、一体どこだったんだろう。
大人の人が来るような、白く明るく上品な場所だった。
ドラム、ギター、ベース、のリズムセクションの演奏を生で聴いたのは、いま思えばあれが初めてだったかもしれない。
なんだかとても良かった。
会場を出たあと、4人でファストフード店に入って、ポテトとかを食べながら
「あの両膝でリズムとってるところも似せてたね。」
「ジョージは似てたよね。」
「ポールは…太り過ぎでしょう。」
などと感想を言い合っていたことも覚えている。
自分は、クラスのほかの子たちとは違う時間をすごせているのだと思った。





いつの間にか、イトちゃんと私は互いのことをふざけて
「ジョン」とか「ポール」とか呼び合うようになっていた。
私はポールと呼ばれていた。
ポールが好きだった。

6年生の1月だったか2月、私は貯めた小遣いやお年玉で、小さなアコースティックギターを買った。
とても喜ばしいことだった。
あるとき自分が住む団地の近くで友達がわらわら集まっているところを発見すると、
私はギターを家に取りに行き、みなさんの前で単音で「ドラえもんのうた」の断片を披露。
みんな興奮していて、その輪の中で自分が最も注目されていることを知り、
ギターってすごいゼと思った。
ところが、チューニングすることがめちゃくちゃ面倒で、チューニングさえなければと思っていた。
自分がメーターを見ながら一生懸命整えたチューニングを崩さぬよう、
絶対に弦を緩めることはしなかった。
今はわかる話だが、ギターの弦は緩めたりしなくても、時間がたてばチューニングが変わってしまうのだ。





イトちゃんにもギターを手に入れたことを報告すると、もちろんみどりさんにもそれは伝わった。
よかったら貸してほしいと言われた。
快くギターを貸し、しばらくして、みどりさんが直接返しに来てくれた。

「ありがとうね。弦、緩めといたよ。」

(ちょっと!みどりさん!なんてことを…!チューニング変わっちゃう!!!)と思いながら、私はみどりさんからギターを返却してもらった。



今はイトちゃんに会う機会なんてのはほぼない。
数年に一度同窓会もしくは道端でバッタリ出くわすぐらいだ。
みどりさん元気かしらと、ときどき思う。
私がいま何をやっているか、お伝えしたい。まあ日記書いてるんだけど。

今ではチューニングなんて日常茶飯事だし、うちにはギターがいっぱいある。

 
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2019/01/12 (土) 02:22:35

街の正午

1月11日

午前10時すぎに二度寝も覚めるほどスマホが踊り出す。
歯医者から電話がかかってきた。
おかしいな。予約は12時のはず…

「U歯科医院です。クララさん、本日、10時から診察ですが…いかがされましたか?」

だったらどうしよう!!!
恐る恐るスマホを耳にあてた。

「U歯科医院です。本日12時から診察ですよね。実は今日キャンセルが何件か続いていまして、もしよろしければ早く来て頂いて診察もできますがいかがでしょうか?」

こんな電話は初めてである。
キャンセル内容はわからないが、風邪やインフルエンザが流行っていることがすぐに予想できた。
しかし私は、その頃あたたかい毛布の中にいた。
寝起きの、出てない声で、「あ〜ちょっと…間に合わないので12時に伺います」と伝えた。

約束通り、私は12時にその歯科医院に入場。
するなり、受付のお姉さんは電話対応に追われており、見るに急がしそうだった。
診察室に入場し、レントゲン撮影。
自分の顔がUFOキャッチャーのクレーンの先みたいなので固定され
正面に鏡があり、撮影の十数秒間、滑稽な自分の姿を見つめていた。

診察台にて、先ほど撮影したレントゲンの
焼きたてホヤホヤ写真がiPadに映し出され
検証と治療が始まる。

1、薬を塗る治療

いつもならこれで終わりなのだが、患者が少なく時間があるのか、ついでに色々診てくだすった。

2、前に治療したところに色素が付いているため詰め物とりかえ

今日のところはこんなものだろうと思ったら、ほかに気になるところを聞かれた。
そういえば先日、いや数ヶ月前、カヌレ食べたら歯が少し欠けたな。

3、そこの詰め物とりかえ

合計3箇所を一度に治療してもらえた。
これをわけていたら、2ヶ月ぐらいかかっちゃうもんな。
健康勝ち抜いて来れてよかったよ〜

「お会計○○円です。」
「はい (ぎょぎょぎょ〜っ)」

もちろんそれなりにお金がかかったよ〜




すぐに食事をしてよしとの指示を頂いたので
喜多方ラーメンに惹かれて入店。
お昼時で混み合う店内、カウンターにわずかに空いた一席におさまる。
久しぶりに食べた。美味しい。
今度は思いっきりにんにくラーメンを食べたい。


帰路、車を走って追いかけるガソリンスタンドのお兄さん。
利用客の忘れ物であろう巾着みたいのを手にかかげて大声で呼び止めるも、車は通りの少ない坂道を気持ち良く下っていった。

「チキショ、はえー!」

お兄さんは思わず心の声を出す。
晴天が気持ちいい。
 
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2019/01/03 (木) 03:18:06

着物

1月2日

これから成人式を迎える人に、何色の振袖を着用するのか尋ねた。赤。
クララさんは何色でしたか、と聞かれた。青緑。
今年は、深い緑が人気らしい。
どこの統計かわからないが。


私の人生における着物の話をしよう。
少ししかないけど。
成人式には、先ほど述べたように青いような緑のようなキラキラしたものを着た。
借り物だけど、使い終わって仕舞う前に、もう一度広げてみてみるとあまりに美しく、
自分の物だったらいいのにと思った。

今度は2年後に、学校の卒業式のために袴を着た。
きらきらしていないマッドな茶色い着物に、深い緑の袴である。硬派で良い、と我ながら思った。
卒業式は、東日本大震災が起こった数日後だった。
学科には韓国の留学生が半数以上おり、そのほとんどの人たちは、国へ帰ってしまった。
学科で卒業式に来たメイトはほんの数名で、女子は私一人だけだった。
本当は多くの人に袴姿を見てもらい、もっとちやほやされたかった。
だけれど、行く気になれない気持ちも、わからなくはなかった。
安全を考慮して、式を予定していた大きなホールは使えなくなり、学内の小さなホールで行われた。


我がクラスはもともとマイペースな人、自分の時間を大切にする人が多く、私はそれを心地良く思っていた。
仲良く飲みに行くこともあったが、卒業旅行だとか溌剌とした企画を提案するタイプの人もおらず、卒業式当日も、式が終わったら飲みに行くわけでもなく、少し話をして解散するという、らしいと言えばらしい最終日だった。
いや、もしかしたら、震災もなく、人が多く集まっていたら
何か違っていたかもしれない。


というわけで、私のイベント内での袴披露はほんの少しの時間だった。
母がベローチェでお茶をしているというので店へ向かっていると、外国人の夫婦2人とすれ違った。彼らから熱き視線を感じ、すぐあとに呼び止められた。
写真を撮っていいかしら、と。
おそらく観光客で、日本の伝統的であり特別仕様のKIMONOを記録に残したかったのだろう。
訊けば、スペインから来たという。


私の出番がキタ!とばかりにたいへんスピーディに撮影に応じる。
奥様と2人で写真撮影、ご主人とも2人で写真撮影、私が持っていたデジカメでも撮影してもらった。
交わした言葉はわずかだが、そのときびっくりするほど自然と満面の笑みになった。
本当は、地震怖かったねとか、せっかくの旅行で大変ですねとか、話したい思いはあった。


とても良い気持ちで手を振ってまた別々の方向へ歩いた。
撮ってもらった写真を見ると、非常に良いものだった。
母にも見せながらそれを話す。
この出来事だけで、私は袴を着てきてよかったなと思った。
もうそれで、無事に家に帰れただけで良かった。

 
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2019/01/01 (火) 17:53:55

2018年の反省会

1月1日

平成サーティワンになりましたね、あけましておめでとうございます。
大晦日の夜までアレを納めるために、ビッグターミナルにて遠出する多くの人々を眺めていました。
30日は新幹線のダイヤが乱れ、一日じゅう改札の前が黒々としており、
仕事納めたとしてもこんなに人が集中する中で遠くへ行くのは大変だな…と思いました。
私もようやくアレを納め、元旦を迎えました。
元旦の朝、目が覚めると、休みの日にも関わらず
明日からもまたアレしなきゃいけないのかよ!と憂うつな気持ちになりました。こんなお正月の目覚めは初めてです。こんなスケジューリングはもうしないぞ!
今年の抱負とか考えないタイプの私ですが、
友人からの年賀状やSNSで印象に残った近況報告から、
これは暮らし方を真剣に考え直す一年かなと、曲がり角の向心力みたいなのを感じた2019年の幕開けです。
(向心力で合ってる?)
もちろん音楽をやっていきながらのことです。
あと初詣の帰りに、配達業者の方がトラックの運転席でモグモグしている姿を見、ご苦労さんですと心から思いました。



それでは、2018年をキャッチーに振り返ってみましょう。


■初めて
・北陸新幹線
・CD全国流通
・あの天井がないバスで皇居周辺爆走
・人のライブにコーラス、ゲストとして参加
・久しぶりにロン毛(初めてじゃないな)

◼︎行けた場所
・石川県金沢市
・京都府
・大阪府
・兵庫県
・福井県武生市
・滋賀県彦根市、近江八幡市

機会に恵まれ、ライブで好きな街、未踏の地へ足を運ぶことができました。
それとライブとは関係なく、夏の高校野球第100回大会のためスケジュール無理矢理こじ開けて甲子園球場へ足を運ぶことができました。初めての決勝戦です。なんだか忙しくて東京の予選すら観れず悔しかったのですが、このまま平成を終わらせてたまるかと行ったあの暑い夏は本当に夏でした。
今年も様々な地へ飛んで行きたいです。


◼︎一番幸せを感じたとき
・金沢城公園で奥行きのある桜の景色を眺めてボーッとしたこと。
・すごしやすい秋の鴨川で自転車に乗ってゆっくり走行したこと。

2つあげちゃった。一番なんて決められないよいっぱいあるよ。


◼︎発見したこと
・写真の素晴らしさを改めて。
・定期的に大はしゃぎ・オフザケしないと自分が保てなくなること。
リリース前は「そんなことをしている場合ではない」なんて人に会う機会を先送りにしていましたが、駄目、オフザケしないと爆発してしまいそうでした。


◼︎はまったこと
・マッサージ…やみつきになり、金銭が心配になってきました。そこで
・筋トレ…甲子園へ行く前に熱中症対策として日々筋トレを行なっていました。マッサージに行きたくなっちゃうのも解消。楽しかったです。
・銭湯、サウナ…これは結構大きなハマりものの出会いで、妖しい言い方ですが幸福を感じる時間が増えました。



毎年そうなのですが、面白い人たちや輝かしい人たちと知り合えたり仲良くなれたりしました。
今までよりも多くの人たちにサポートしてもらい演奏できました。
遊んでくれた人たちもありがとう。
今年はどんなことが起こるやら!


2018年を代表する私の中の出来事は、5月にアルバムをリリースしたこと。
主に一人でその準備をしつつも、レコーディング〜プロモーション〜販売まで
たくさんの人たちがご協力くださいました。
改めまして、ありがとうございます。
その年にたくさんの名盤が誕生し、度肝を抜かしながらその作品たちに触れてきたわけですが、毎月、毎週、つねに新しい作品が世に放たれる中、私の作品を埋もれさせることなく日常的に耳にしてくださる方がいるのは、とても嬉しく心強いことです。
まだ音源化できていない曲もあり、
行きたい場所・やってみたいことも色々あるので、
全部実現できるかわかりませんが夏のような日差しで見守っていてください。春の日差しでもOK!

今年のライブ初めは1月10日に渋谷HOME。好評の新曲をバンド編成でお披露目します。
それでは2019年も、喜び悲しみ苦ちみ楽しみましょう。

 
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クララズによる自由研究、日誌