2018/08/27 (月) 13:57:28

Dusk

8月26日

Predawnの10周年企画、"Dusk"Partyを観に上野の水上音楽堂に行った。
初めて来た野外音楽堂、屋根があって「あれれ快適そうだなぁ」と思った。
甲子園での屋根なし観戦や、昨日のイベントの暑さを経験したので
対策を知った自分はもう怖いものなしと思いきや
とても暑かった!笑
Predawn清水さんはMCで「私が晴れ女なばっかりに…」と言っていたが、それはめでたいことだ。

Predawnのほかにも何組かの出演者が登場して、楽しめた。
以前、ドミコを一度だけ観たことがあるけど、そのメンバーさかしたひかるソロ出演。
ソロになるとどうなるんだろう…と思ったけど
彼の芯が残った状態でのびやかな歌を聞けた。
ドミコでは見出せなかった、違う印象を受けた。ドミコも好きだ。

こういうフェスティバルは、転換中にアーティストがサウンドチェックをしているところまで観れるから面白い。
Achico(Ropes)がとてもキュートった。。
歌も良いし、なんて魅力的な人なんだろうと思う。

暑さから、コンビニへ一時避難したら
冷蔵コーナーの近くに入り浸ってしばらく戻れなくなった。
これも対策のひとつである。
そして会場に戻ると、ホリエアツシがRadio HeadのHigh&Dryを歌っていた。
この曲、夏と言うイメージが私にもある…

小山田壮平、9年前にandymoriを観て以来である。
もう彼の才能は怖いくらいだ。
言葉選びがすばらしい。
ピアノの方が登場して、小山田さんは楽器を置いて歌う。
自由になった鳥のようだった。

Predawnは、ドラムス神谷淳平、ベースにガリバー鈴木の編成。
清水さんの衣装、ヘアセット…ああああ素敵だ!!!
いつもライブでは、意外とカジュアルな衣装で、でもそういう素の感じが良いなと思っていたけれど、
10周年モードの清水さんは華やかだった。
ロックだった。
特に最後の曲は、めちゃくちゃそれを感じた。
加えて、そんな曲に載る歌詞は、清水さんに珍しい日本詞だった。
清水さんの内側にある好きなもの、そしてそれを外に向ける姿勢、その両方の針が振り切っていて
Predawnの延長でもあり新しい一歩でもあるように見えた。
本編が終わると、清水さんは逃げるようにステージを去った。
アンコールから去るときも、逃げるように、けど、こちらを振り返って拍手に包まれていた。

外に出たら、夕暮れの上野公園。
背の高い蓮の向こうには、夏らしい大きな雲があった。
あの雲の、陽が当たって一番光っているところに飛行機で飛び込みたいなと思った。
しばらく見ていると、ときどき雷が光っていた。
飛行機が突入してはならない、積乱雲だった。

"Dusk"ってなんだろうと、終わってから調べたのだが"夕暮れ"のことだった。
夜明け前を意味するPredawnは、夕暮れを見せてくれた。



蔵前にワープした。
友達に手紙を書くために、カキモリを目指すも
移転して駅から遠くなっていた。
とっくに陽は暮れていたのに、その道が、今日で一番暑かった。(笑)

レターセットを買って、ゲストハウスのバーに入店した。
今日だけなぜかフードメニューがない…
しかし、ゆっくり手紙を書ければいい。
ジャーキーをかじってビールを飲みながら、ゆっくりと過ごした。
そういえば、ここでPredawnのライブがいつしかあったけれど、どんな感じだったのかなぁ。
結構飲んでしまった。
手紙の内容は、それにしてはハチャメチャになってなくて、安心して投函できそうだ。

 
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2018/07/17 (火) 01:36:32

前書き お土産

7月16日


アルバムリリースツアー、京都・大阪編から帰って来た。
今日の東京の暑さ、関西に比べたらかっわいいもんだぜ…!と思いつつ
旅の疲れもあって今日は一歩も外に出なかった。


いま、関西ツアーの思い出に浸りながらも、
更にエネーチケーの番組で宇多田ヒカルの制作苦悩、音楽への思いなど観て、
まるで美術館のあとに映画館へ行くような行為みたいだ。
色々感じて整理したいけどしきれない。
そして、番組を見ながら、自分はどうであるかと、ツアー中に人と話して考えたことを反芻して、
心がなみなみしている。
嬉しくて泣いてしまいそうだ。



燃え尽きてしまうんじゃないか?と思う程に外面を気にしたり準備をやりすぎたこの半年。
まぁ逆にここまでやらないと気が済まなかったかも。
アルバム発売後も、東京でのレコ初後も、
たくさんの嬉しい感想を聞いたり
ライブがあれば夢中に取り組めたから、自分はこれからも大丈夫だと思った。
しかし、長い時間をかけてジワリジワリと自分の中が渇いてきていることを感じていた。
新しい音楽を聴く楽しさ、
ライブを観て心が動くこととかが、
ゼロではないにしても、なんか全体的に自分のバイタルの振り幅が弱くなっていた。
たくさんの新譜が出ているけど、この状態で作品に触れたくないなと思って、興味はあるけれど手を出さないでいるものが多い。
毎日のように楽器を触ることをストップしてみたり、
ときどき何か作ろうとジタバタしてみたが、
やはりインプットが面白くできなければアウトプットだって面白くできるはずがなかった。
小説で読んだ言葉を借りるけど、
自分の容器がいっぱいになったから
一度空にしないと新しいものは入らないと思った。
でも、楽しいチャンスは欲しい。
どうしたらいいものか。


そんなタイミングで京都・大阪へ行った。
ライブも一ヶ月ぶりである。(意図的に減らしていたわけではない)
京都のライブハウスnanoの店長もぐらさんは、
ライブが始まる前に、アルバムの感想を伝えてくれた。
「TODAY」が特に好きで、考え屋のクララズではあるが色々考えつつも、結局は感覚を大事にしているように見えると。自分で作ったのに、そう言えば歌詞を見るにそんな歌になっているな、と思った。
そして、「ああいう曲のサビは、もう崩れてもいいからガツンと来てほしい」と。笑
私もこの曲が好きだ。


人前で音楽をやっていると、
いつの間にか外に向けて作ったり歌ったり弾いたりする。
当然そうなんだけど、さきほども書いたように、私はあまりにも
音楽そのもの以外のソトヅラを考え過ぎた。
どうすれば自分が良く見えるか、鏡と照らし合わせながら考えることももちろん大事だけれど
それは、外を考える以前に、内側の自分がどう思っているか、気持ち良くできているか知っていないと、
本当にスカスカで、最近の自分のように
ただ虚しくなってしまうだけだ。


クララズの本番が始まる前に、ステージにもぐらさんがやって来て言った。
「なにも考えなくていいから。」
「あ、はい。」
演奏している間、色々なものをポイポイ捨てながら歌った。
なんて、気持ちが良いんだ。
この方が、私は歌になれるんじゃないかな。


ライブが終わったあと、カイロスの新メンバーいしんくんと話した。
いしんくんとは3月に金沢で共演した。
そのとき、彼がやっていたギタープレイが面白かったから、
自分もマネしたくなってスタジオで練習した。

「あれ、パフォーマンスとしてやるには結構むずいっすね。」
「確かにあれは難しいですね。」
「今はぎこちなくて格好つかないからまだライブで出来ない。」
「あんまりどう見えるか気にしない方がうまくいくかもしれないです。僕は逆に、家で夢中で弾いてるような感じでやってます。内向的なところがあっても、かえってそれが良く見えるんじゃないかと思いますね。」
「ア〜 (目から鱗)」

結局、翌日の大阪公演でもそのギタープレイはやらなかったのだが、
歌うことに大しての姿勢や気持ちは、昨日のまま。
「なにも考えない」というのは、
どう見えるかとか、歌う上での技術を放棄し切っているわけではなく、
結果的にどうすれば良いものになるか、そこに行くまでのひとつの方法である。


色んな人と話しているうちに、
そして実際にライブをしているうちにそれを見つけることができて、
今後大事にしていきたい最大のお土産だと思っている。
それで、紐が緩まった気持ちで、嬉しくて泣きそうになったわけである。
自分の曲を聞いてくれた人が感じたことが、ブーメランとなって自分に返ってきたのだ。
文章にすると小難しいが、
普段こんなことばかり考えているわけではない。
自分のメモ用に記した。
そうです、そんなに難しくないはずなんです。


 
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2017/10/26 (木) 22:48:36

歌う人

一時期、カネコアヤノさんの歌・曲がずっと頭の中で流れていて
ライブを観てみたくて9月にようやくそれ実現した。
衝撃的によかったのであるが。
ずっと欲しいと思っていたものをようやく手にしたら、それからあまり使わなかったり読まなかったり、録画した番組をずーっと観ないままでいたりということがあるように
念願のライブを観たら脳内ループもおさまるもんかなと思っていた。
(困るもんではないし、むしろ良いんだけど)
ところがライブを観たら彼女のとりこになってしまい
脳内ループはおさまるどころかその後も一週間近くは彼女の歌が片隅に、一日一回以上は必ず再生されていたのだった。


私は彼女を観たときに、彼女は歌う生き物だと思った。
偉そうな言い方をしてしまうと、歌うために誕生した生物のように見えた。
もちろん、人間の生活をしているの前提でこういった歌ができているんだってのも承知で。

同じ日に、折坂悠太くんも観たけれど
彼にもそれを感じた。

この日に私の中で
歌う人のことを「この方は歌う生物か、歌うこともある生物か」という見方で観る考えが生まれた。
(その後、はじめからそういう目でライブをみるようになったわけではないが)
うまいへたの判断じゃないし、優劣を判断するものでもない。
自分が大好きなミュージシャンを思い浮かべても、後者の人はいる。
まぁただ歌う生物には憧れる。
私は、後者のタイプだと思った。







昨日、みんなやけに遠藤賢司のことを話題にしているなぁ、と思ったら
人生から旅立たれたという事実を知った。
びっくりしてから、「そうか、悲しいな。仕方がないな。」ぐらいでフムと冷静になっていたけれど
ふつふつと、数年前に梅小路公園の京都音楽博覧会で観たエンケンの模様を思い出していた。
だだっ広いステージに一人立つエンケンは
レスポールの音をボーボーに歪ませ、
それを弾きながらドラムを叩いて歌っていた。
一人の人間が歌を歌って楽器を演奏しているというよりは
一人の人間から音を鳴らしているようなそんなパフォーマンスだった。
そのときのライブの空気感や、
機関車館に展示されている機関車の汽笛が
「夜汽車のブルース」の絶妙なタイミングで鳴ったミラクルも
忘れられない。
もしかしたら、彼こそ私が初めて観た、「歌う生物」だったのかなぁと思う。


一度しか観ていないし、
CDを一枚は持っているけれど日常的には聞いてこなかったし、
あまり自分の心の中には彼はいないのだと思っていた。
そういう、ちょっと遠い人だからそんなに悲しみを引きずることはないのだろうと思っていたが
今日になっても朝食を食べながらさめざめ泣いていた。
悲しんでもいいのだと思いながら泣いたり食べたりした。
思ったよりショックだ。
「思ったより」っていうのが、頭と心はやっぱり別なんだなぁ。
もうなんか、たぶん、何年も前のあの一度のパフォーマンスで我々観客はなにか愛をもらっていたのかもしれない。
とても背中の大きい音楽家が、世界からいなくなってしまったよ。


そんなわけで昨日いろいろ思って
行くかどうか迷っていたコーネリアスのチケットまだ買えるかな…と調べたら
もうチケットは売り切れていた。
今頃スタジオコーストはバキバキに熱いかな、
遠征の支度もしなくちゃあな、と思いながら
そういう夜です。


 
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2017/02/18 (土) 02:08:50

2枚目

くるりを久しぶりに聴いた。
メジャーデビューから2枚目のアルバム『図鑑』を。
最近、いやもう何ヶ月か、もしかしたら一年ぐらいか、それは言い過ぎか、
音楽を聞いたときの感動度が浅くなってることに気づいていた。

この作品を初めて聴いたときは2013年とかかな
衝撃的でもあり、すごく心の状態に合っていて
気持ちが良かった。
作品としても面白くて、なんか作りたくなってしまうほどの刺激になった。
そして、ライブをさほど行っていない時代のクララズは、
スタジオに行って「やっぱりライブやりたいわ」と
思いを固めたのであった。



今日、それなりにまあ疲れた状態で電車に乗ったら
電車のダイヤが大幅に乱れていて、
満員の中で40分くらい電車が動くのを待っていた。
ようやく発車して、最寄り駅に着いたとたん
解き放たれるようにホームへ足を着地させた。
電車を振り返ると、疲労の溜まった顔の人たちでギュウギュウ詰めの箱。
あんな中に居たんだなあ。
毎日、満員電車に乗って通勤通学してる人って大変だなあ。
東京って、人が多いなあ…
おかしくなっちゃうよ。と思いました。


帰宅したかと思えば、個人的お困り事案発生で、
もうハートが擦り剥けたような状態だった。
それでも音楽が聞けた。
図鑑を久しぶりに聴いたら、音楽と気持ちに違和感もなく、すごく良かった。
初めて聴いたときみたいな、そういう感覚になった。


60〜70年代の音楽やデザインや建築には
現代触れても面白いと思える強度のつよいものが多い。
(建築についてはあんま詳しくありません。けど昭和どころじゃないもっと昔からすごい頑丈に残ってるの、あるじゃないですか)
私にとって、くるりの『図鑑』は
きっとそういう作品なんだと思う。
というか、くるりじゃなくても、あらゆるバンド、アーティストの2枚目に出したアルバムって
変に守ってなくて衝動的で好きだな。

 
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2017/01/22 (日) 23:26:22

世田谷区

おつかいみたいに、買うべきものを紙に書き出して買い物に出掛けた。
物が揃うたびに楽しいのでこの方法は良い。



私が下北沢にライブに行く日は最近いつもキンと寒い。
電車乗り換えるごとに、何回も引き返そうかという選択肢が出てきたぐらいだ。
しかし私はBASEMENTBARへ向かった。


京都のバンド、フライデイフライデーのライブだった。
ドラムのハマメグさんが「もうトウキヨお洒落です〜さっきそこの古道具屋いったらドラムセットあってシンバルが3000円で売ってて買うてしまうかと思いましたわ〜でも今からそんなでっかいお土産買ってもあれやし〜」と興奮していた。
私もこないだ、たぶん同じ店で
タムが積み上がってるの見て驚いた。


フライデイのステージはあっという間だった。
いつも明るいし、強要しない楽しさがある。
アラベスクだっけあのサビ、すごく好きで頭の中でずっと鳴ってた。


終演後トランペットのきょうちゃんが嬉しそうに話してくれた内容で思い出した。
去年の5月、初めて京都でライブしたときの対バンがフライデイで、開演前にきょうちゃんは「私、人生初ライブなんですよ〜」と話していた。
その人生初ライブの対バン相手だったクララさんが来てくれて嬉しいです〜と満面の笑みで言ってくれたのが嬉しかった。
ステージでの印象も、話しているときの印象も同じ、
なんか元気をもらえるバンドである。


今日はずっと会ってみたいと思ってた方々とも会えた。
寒さとかにくじけず下北沢に来てよかったぜ。
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クララズによる自由研究、日誌