2018/03/11 (日) 18:53:16

3月の京都 その2

3月5日

カプセルから抜け出すと、キノコ先生がおさまっていたカプセルが綺麗に抜け殻になっていて
「見事だ…偉い…」と思った。
美しい内装のラウンジで、朝食のホットドッグを食べる。
ここは9階だから、街を一望することが出来る。
VOXhall向かいの建設中の現場の動きや、
ビルの隙間からは鴨川、
清水寺だって見える。
京都でこんなに高いところに居るのは、考えてみたら初めてかもしれない。


雨が降っていることが気になる。
楽器やグッズなど荷物の多い昨日がピーカンでまじ良かった。
今日はチェックアウト後にホテルに荷物を預けて、
身を軽くして出掛けるつもりだけれど…
建物から出ようとしたとき、ザンザン雨が降っていた。
スーツケースを携えて雨模様を見ながら佇んでいる人は何人も居た。
私は傘を持っていない。
30メートルくらい先にコンビニが見えるけれど、この雨の量ではその短距離を走ってもシャワー後状態になることが予想される。
なにか良い方法はないかと見渡すと、1階の飲食店改装現場に、2本の傘が立てかけてあった。
ここから向こうのコンビニまで、ちょっとその傘をお借りしてみてはどうか。
しかし1階には誰も居ない…すぐ返せば問題ないかな。


そして、更に気になることがあった。
ここからの話は、善人アピールに見えるかもしれないが(いや、もちろん良い人に見られたい)
物語があるから書こう。
私がいてもたってもいられなくなって傘を借りようとしたのは、
いつ止むかわからない天候にしびれを切らしたのもあるが、
雨を眺めて佇んでいる人の中に
ピアニカケースとキャリーケースを持った女性が居たからだった。
出発するにもできなくて困っているのではないか。
私がコンビニへ行ったら、ついでに彼女の分の傘も買うことが出来る。もちろんお金を預かるとか立て替えるとかして。
改装現場の傘を使えそうだと判断したときに、彼女に声をかけた。
どこから湧き出たんだろう、この行動力。
ナンパではありません。

「私、今からそこのコンビニに傘買いに行くんですけど、よかったら買い出しに行きます?」
「??? え、どういうことですか?」

そういえば名前の知らない人のことってなんて呼ぶんだっけと自分も混乱し、思いついたのは"あなた"だけど
"あなたの分の"と言うのが恥ずかしくて主語が出て来なかった。
完全に、見切り発車の行動である。

「私が、傘を2本買い出しに行くことができますんで。」
「あ、わたし折り畳み持ってるんで大丈夫ですよ。ただこの荷物とこの雨で、どうしたらいいもんかなと思ってて。」
「あーそうですか。それなら。」
「どうやって買いに行くんですか?」
「そこ(1階)に傘が置いてあったんで、コンビニまではそれを使おうと思ってます。」
「よかったら私の折り畳み、使いますか?」
「いやいやそんな、、いやそしたらお借りしてよろしいですか。」

私は女性から、可愛らしい折り畳み傘を借りて
コンビニで自分の分のビニール傘を買った。
女性には折り畳み傘を返して、御礼に小さいお菓子を渡した。
その頃には、雨が弱まっていた。

「ありがとうございました!ちょっと雨、ましになりましたね。」
「いえいえ。本当だ、そろそろ行こっかな。」

私は、恥ずかしいからもうこの身軽な装いで「ジャ、お気をつけて」と去ろうと思っていたのだが
彼女も同じタイミングで建物を出ることになった。
同じ三条駅に向かって歩いた。
なにか喋らないと。

「どちらからお越しですか?」
「東京です。」
「東京!!」

彼女は東京から、遠征ライブをしに来たのだと言う。
2日前に大阪のライブハウスでライブをして、
今日は京都でライブをして夜行で帰るとのことだった。

「私も同じで、昨日ライブしてたんですよ。」
「やっぱりそうだったんですね。ホテルで見かけて、ギター持ってる人がいるなぁって思ってました。」
「そうだったんですね…」

まさかこういう形で、東京で音楽をやっている人と会うとは思ってなかった。
いっぱい居るだろうけども。
お互いの、活動している名前を教え合いながら
地下へと下った。
彼女にとって関西は、修学旅行以来に来たようなもので
こっちの文化に驚くことがあると言っていた。

「えっとどこから乗ったらいいんだろ。」
「どちらへ行かれます?」
「京阪、と書いてあります。」
「京阪。そしたら私も同じです、こっちの改札です。」

四条の方へ行く彼女とそのホームへ降りたら、ちょうど電車が出発しようとしているところだった。
そのとき、私が降りるべきホームはここじゃなかったことに気づいて「わぁっ私間違えた」と声を出した。

「あっじゃあわたしはこれに乗って行くんで、最後こんな形ですみませんがありがとうございました!」

と彼女は電車に乗り込んでそう言った。
咄嗟にそんなちゃんとした言葉が出てくるような人だった。
遠征が初めてどころか、遠出そのものにあまり興味を持っていなかった彼女が
今回おそらく意を決して関西に来た理由や引力はなんだったんだろうか。
色んなことが気になったけれど、
どこかでまた会えるといっすね。


↑ハイライトな物語は以上です。
まだ午前11時の話です。


書き続けます。
私は反対側のホームへ歩いて、出町柳行きの京阪に乗った。
人も少なく、寂れ具合がたまらない列車内だった。
出町柳で叡山電鉄に乗り換えて、なんだか初期のくるりを聴きたくなり
イヤフォンをして「オールドタイマー」を再生した。
ずっと前から思ってたんだけど、
連呼される歌詞「マイオールドタイマー」は「迷った今」に聞こえる。

─ 迷った今 迷った今 迷った今 迷った今、走れ ─

考えているうちに、一乗寺駅に着いた。
恵文社一乗寺店に入った。
雨だし、じっくりここに居よう。
さすが世界が認める本屋である。
立ち寄るたびに趣味の良い文具雑貨に興味を持ち、お土産にどうかなぁと、知っている人の顔や、土産品に繋がるかどうかのイメージを思い浮かべることが出来る。
さらにカフェやメインの書籍コーナーがあるのだから、本気を出せば日が暮れるまでここで一日を過ごすことができる。
しかし今日は日が暮れてからでは帰りの新幹線に間に合わないので
適当な時間をかけて店内をすごす。


初めて恵文社のカフェにも入った。
だだっぴろいスペースに腰をかけたのは私一人だけだった。最高。
ホットレモネードを注文したら、
大きなグラスにレモンの輪切りが柄のようにたくさん入ったものが出て来た。
そのうち、ご近所の方と思われるおじさん客が入店。
感じの良い店員さんとの会話が聞こえる。

「"ぐっすり"って言葉はね、"Good Sleep"から来ているとも言われてるんだよ。」
「本当ですかー?」
「わからないけどね。でも"ぐっすり"って、日本語としても変な響きでしょ。」

その断片を耳にして私は、東京は松陰神社前にある
パンとクラフトビールの美味しいお店「グッド スリープ ベイカー」を割り込んで紹介したくなった。
実際にはしていない。

ふらっと恵文社に行き着いたように見せかけて、
私は明確な目的を持ってここに来ていた。
それは、東京から地元栃木に帰る友達に向けての餞別の品を手に入れるためだった。
その書籍はぶっちゃけほかの書店でも買えてしまう物である。
京都が好きな友達に、恵文社に置いてある良い物をおくりたかった。
(これも善人アピールに見えてしまうだろうか。どちらにしても私は悪い人ではないでしょう。)

ここに於いては特に
目的の品が既に決まっていても
自分で棚の間を練り歩きながらそれを探すことが楽しい。
予想だにせず面白そうな本を見つけてしまう。
本屋ってこんなに面白かったっけ。
しかし探せど探せど、見つからない。
諦めた私は、店の方に尋ねた。

「探してる本があるんですけど。ミシマ社、吉田篤弘の…」
「『京都で考えた』。」
「はい。」

さすが恵文社!
棚に案内されたら、かなりわかりやすいポジションに面出しされていた。
それを栃木県に配送すべく手続きをしている際に、
さきほどの文具雑貨コーナーで思わず買ってしまった荷札シールを、梱包したものに貼ってくれないかと私は頼んだ。
「折曲厳禁」の注意書きに、小学生男子が膝かっくんしているイラストが描かれた、アラスカ文具のシールである。
それまで真顔で配送の案内をしていた店の方も、
(ああ、それね笑)というような表情で許容してくれた。
さすが。さすが。
そんな言葉ばかり叩き出してしまう。



今日、ほかに必ず立ち寄りたいところがひとつ決まっていたから
詩仙堂の案内看板や、誠実な手書きのポップをかかげた定食屋さんの誘惑を断ち切って
この街を出ることにした。


地下鉄に乗って二条駅を降りた。
A1、A2出口などの案内のほかに「←ガチャガチャ機、移動しました」という貼り紙もある。
やむを得ず移動しても、常連を失望させない心配りに感心して
私は常連ではないが←の方向へ歩き出した。
更に「ガチャガチャ機、あります→」の貼り紙を見つけた。
→の方向をよく見てみると、貼り紙がなければ絶対に目を向けなそうな場所に
15台ぐらいのガチャガチャが構えていたのだった。


特にガチャガチャはせず、
森林食堂というカレー屋さんを目指した。
数年前に雑誌の紹介を見て以来ずっと気になっていたものの
限られた営業日と自分のタイミングがなかなか合わなかった店である。
ここに行ったことのあるカレー好きの友達が「カレーの概念をぶち壊された」と表現していた。
今回は営業日と自分の滞在日がちょうど重なっていたから
行くしかないと思った。


閑静な寂しい景色である。
旅だからこそ、それを楽しめているのかもしれない。
こういう住宅街にある名店は、看板に気づくか気づかないかぐらいのひっそりとした存在感であることはわかっていたけれど
私は「定休日」とか「臨時休業日」とか「移転しました!」とかいうのに遭遇する運みたいなのを持っているから
たとえHPで今日が営業日だという情報を得ても、
店の前に着くまでは本当のことはわからないのである。


人通りの少ない通りを歩いていると、
ある地点から突如、スパイスの香りを鼻が仕留めた。
絶対にこの辺りにある。
しかも、営業している!!!
そこからも油断は禁物で、ランチタイムもあと30分ほどで終了しそうな時間だったため
入店が叶っても
ラストオーダーの時間が過ぎた、もしくはランチ分のカレー終了の可能性もある。


ようやく見つけた森林食堂は
そこだけやけに快活に生きている雰囲気で
難なく店の奥にも入ることができた。
最低限の設備を揃えた小さな店で、美味しい物サッと食べてサッと出るようなイメージがあったけれど
想像以上に店には奥行きがあって、色んな物が飾ってあり
良質な賑わいと、一人でもゆっくりして良いムードがあった。


びろびろに長く使い古された紙のメニューを眺めながら
近くのテーブル席で青年たちが「辛っ」「まぁこのくらいの辛さはあるよな」と発しているのが聞こえた。
結構、辛いんだろうか。
店のお姉さんに尋ねると、どれもそんなに辛くはないですよ、と説明。
やってきた森林食堂のあいがけカレーは美しい。
見た目で美味しい物だとわかる食べ物ってあるけど、これもまさにその一つだ。
インスタが流行るとうの昔に私は、このカレーが目の前に来たら必ず撮影をしてから味わい、人に自慢したいと思っていた。
撮影はした。そんなことはまあいい。
ルーを口にした瞬間、正体を掴めない色んな衝撃が脳天を直撃した。
一瞬白目を向くほどだった。
人は本当に美味しい物を食べると困り顔になりがちだが、これもそのタイプのものである。
幸い、自分の顔が壁の方を向いている席で、誰かに見られる心配はなかった。
これ以上は言葉にできない…
あと、まぁまぁ辛かった。カレーだもの。


ランチタイムも終了の時刻で、
最後に残ったのは私一人だった。
休憩や夜の仕込みもあるだろう、それでも店のお姉さんからは、はよ帰らんかなオーラは微塵も感じなかった。
ぶぶ漬けを出されることもなかった。

「美味しかったです」
「よかったです〜」
「何年か前からずっと行きたくてようやく来れました」
「そうだったんですね、あ、今度6周年のイベントやります。よかったら。」
「あっすいません、東京から来ているもんで」

カレーの写真が面積を大きく占めているでっかいフライヤーを頂いた。
お姉さんは店の扉を開けて、雨足を見ながら私を送り出してくれた。
こうして私は長年抱いていた小さな夢を
ひとつ実らせることができた。



いつも帰りは
伊勢丹地下の好きな惣菜屋で食べ物を買って
新幹線でビールと共に味わったりするのだが
好きな惣菜屋さんはなくなり、別の店に変わってしまった。
なぜかビールを飲む気分でもなくなっていた。

新幹線に乗り込むなり大荷物とギターの置き場に迷っていた私を
隣に座っていた40代ぐらいの、お母さんっぽさと気品をまとった女性が気にかけてくれた。
親切な人が居るものだなぁ…とじんわりしながら、
隣で私はスマホをいじったり居眠りしたり、
タコめしを食べ始めたり、デザートにケーキをつつき出したりしたのだった。
女性は新横浜で降りた。
私は東京駅で降りた。


呼んでもらってライブをして、街を歩いて、たくさんの人と話した。
その色々が新幹線のホームを降りたときに圧縮された質量のあるものに感じて、
エモーショナルが爆発した。
とにかく、ありがとうとしか出て来ない。



 
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