2018/04/28 (土) 01:36:24

乗り換えをしてよかった

普段カバンの中に文庫本をしのばせているけど実際に外で開く時間は少ない。
ゆうべ、枕元でその本を読んでいたら話が面白いところに突入して
物語に夢中になれたことが嬉しかった。

翌朝、慣れない通勤ラッシュの電車に乗り込み、続きを読みたくなった。
こんなときに、本を枕元に置いてきてしまった。
かといってスマホ眺める気にならない。
何千回眺めたかわからん山手線の車窓をぼおっと見つめる。
いつもよりも乗車時間がすごく長く感じた。


夕方、急用で東京駅から横浜駅まで移動する。
連休前の帰宅ラッシュにぶち当たり、東海道本線は停車するごとにぎゅうぎゅうになっていった。
旅情豊かであるはずのこの列車も、多くの人に揉まれれば味わいもへったくれもない。
人の多い車内で、浅くなった呼吸をどうにか深くする。
横浜駅に着いた頃にはヘトヘトになっていた。


用事を済ませたあとは新代田を目指した。
さすがに東急線の渋谷方面はマシだろう。
と思ったけど甘かった。
私は、時間を優先して通勤急行に乗り込んだ。
しかし同じように急ぐ人々が詰め寄ったのがこの車両であり
渋谷の地上に這い上がった頃にもまたヒットポイントがすり減っていた。
ここからである。
新代田へ行くには井の頭線を使わねばならず、
また人の多い電車に乗るのかと思うと、都会のど真ん中で挫けそうになった。
ずっと東京で育ち、人の多さにも慣れているはずなのに
今日ばかりは、「どうしてどこへ行ってもこんなに人がたくさん集まっているんだろう」と不思議な気持ちになった。


私は新代田crossingにライブを観に行った。
広島の友達、ドッグフード買い太郎が遠征に来たからだった。
階段を登っていると彼の歌が聞こえて来た。
扉を開けたら、たくさんの人。
そして、ドッグフード買い太郎が、一番光を浴びて歌っていた。知っているメロディ、知っている声に安心した。
なんだかすごく良いムードの落ち着く場所だな。
椅子に座り、人混みでタジタジになった気持ちの余韻が消えていくのを待つように、彼の歌を聴いていた。
窮屈になった自分の心に、窓が開いて良い風が入り込んでくるみたいだった。
買い太郎のギターはより繊細になって、音を大事に鳴らしている気がする。
そして思い出した。
夏の気怠さと眩しさを感じる演奏をいつもしてくれるんだった。


広島からもう一人、槙平れんくんが歌いに来ていた。
去年、買い太郎企画で広島に行ったときの打ち上げで、
別のライブに出演していたれんくんを、急にみんなが連絡したりして呼び出していた。
れんくんは、十日町アパートに本当にやって来た。
そのときは明るい髪色だった。
ちょっと話したぐらいだったけど、今日初めてちゃんとれんくんの歌を聴いた。
それまでは動画で観ていただけだった。
おいおい、聞いちゃいないぞ、めちゃめちゃ良いじゃないか。れんくんはライブが良い。
お酒でも飲もうかなと思ったけれど、
まだまだしばらく、素面のすっきりした状態で風に吹かれたく、好きなように聴いた。


うずらの燻製とビールをたのしみながら
butajiさんを観た。
言わずもがな、というほどの音楽だった。
新しくしたばかりのギターはチューニングが不安定なもので
聞き入っていた曲の途中から長らくのチューニングをはじめ、そしてまた何事もなかったかのように
歌を中断したところから続きを歌い出すのだった。
そしてギターも置いて、アカペラでも歌っていらした。
歌っても喋ってもギターがあってもなくても、butajiさんはbutajiさんなのだった。


買い太郎と色んな話をしたけれど、京都市三条からネカフェが消えた話をし忘れてしまった。
3月から、その件について話そうとずっと温めていたネタだったのに!


うみさんという方が、初めて企画したライブだった。
なんと、私のライブも観てくだすったことがあった。
またお会いできるかもしれない。
買い太郎とれんくんとは、またすぐどこかで会える。
串焼き屋の前で、互いに「じゃあまた、京都で〜」と手を振って帰った。
改めて言うが、彼らは広島在住の人たちである。
再び会えそうな街は、広島でも東京でもない、なぜか京都なのである。
良いライブをありがとう、ありがとう。


 
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