2018/10/31 (水) 16:02:09

閉店前の富士屋本店に行くとこうなる

10月29日


街の再開発により、渋谷区桜丘の富士屋とかMARYJANEとかあの一帯の店が閉店する。
ジャズ喫茶MARYJANEが閉店してしまうことは何年か前から知っていたが
ずっと行きたいと思っていた富士家本店までなくなるなんて。


開店時間に合わせ、17時ちょっと前に噂の一帯に着いた。
今日は月曜日。
笑っちゃうほど大行列ができており、その長さに気が遠くなった。
最後尾はビルの反対側。
「どうする!?」と平松君にききながら、とりあえず列の尻尾と化した。
一杯に辿り着くまで何時間かかるかわからない。
私は、キリンシティに転じても良いという考えを浮かべていた。
悪役サラリーマンの装いで後から来たぜんさん、
「すごいね」と笑いながら我々のところにやってきた。


「ぜんさん、一応並んでるんですが、やばくないですか。どうします?」
「並ぼう!」


もうほかに思いを寄せることなく富士屋を目指すことにした。
楽しく話しているうちに列が進む。


ぜ「もうここで一杯はじめちゃうのもありだよね。」
私「ええ!」
平「ぼくはありですね。」
ぜ「じゃあ買ってくるね。」


コンビニから戻って来たぜんさんがビニールから取り出したのは、ロング缶のビールだった。
ここでもう一軒目がはじまった。
ギター屋さんの前でショーウィンドウのギターを眺めながら飲んだ。なんだか美味しく感じた。
なんの拍子か忘れたが、後ろに並んでいる世代が上の男性お二人とちょこちょこ会話が始まっていた。
「寂しいものですね。」
と互いに言い合った。
お二人とも、富士屋本店に取材やプライベートで何度も訪れたことのある、富士屋のパイセンだ。
うち一人は大学生の頃からよく来られていた。
「ヨシエさん」という名前が出て来たが、どうやらこの富士屋で働いている女性のことだった。


「今日ヨシエさん居るかな?」
「どうかねえ。」


列は少しずつ進んでいる。


ぜ「これ、辿り着けるのかな?」
私「辿り着くでしょう!」
ぜ「辿り着けなかったら、それはそれでまたいいかなって。」
私「おれたちは結局辿り着けなかった、と」
ぜ「辿り着けなかった味もまた。」
パイセン「タカラのCMに、『辿り着いたら、このうまさ』っていうキャッチコピーがあるよ。」


私たちは、富士屋のタカラに辿り着けるだろうか。
ここで、もうコンビニ酒2便を飲み干していた。
富士屋の看板前まで来た。
「富士屋本店 清酒カンバイ」と書いてある。
乾杯のようなカンパイではなくカンバイ。
「完敗」よりも「完売」の方が縁起がいいだろうから、そうしたのかなと皆で推測。
ここから更に階段があり、もう少し並ぶ。


「普段だったら、ここまで並んでたら帰るよ。」とパイセン。
パイセンお2人は、お持ちのカメラを取り出し、私たちと同じように看板を撮る。
そして、私たちの集合写真も撮ってくれた。
お二人の富士屋最後の思い出に、私たちも一緒に加わった。


「富士屋に来たらまず何を頼めばいいですか?」
「ハムキャベツ。」
「富士屋といえばね。もう食べてきたから最近は頼まないよ。」
「そんなに美味しいってわけじゃないよ。あとはハムカツ、鶏豆腐。」
「ハムキャ、ハムカツ、鶏豆腐…!」


富士屋に数回訪れたことのある平松君も、ハムキャを食べたことがあると言う。
地下への階段にさしかかると、きっともうすぐ。
富士屋に入るために並んでいたのに、なんだか並び終わるのが寂しくなってきた。
この列で1軒目を味わい、富士屋本店は2軒目のようなものだった。


ついに私たちは入店を果たした。迫力のある店内だった。
大きなロの字のカウンターをお客が囲って賑わい、その中で店員さんたちが忙しそうにガシガシ動いている。
どうぞあちらのカウンターです、と言われても、1人分くらいしかスペースがない。
すると、おそらくヨシエさんであろう女性が、3人並べるように、サイドのお客さんにつめるよう指示。
この密集した具合もまた迫力を生み出している。
注文に対応する店員さんを捕まえるタイミングも難しい。
声をかけてスルーされても、店員さんの一仕事が終わればやがて必ず来てくれる。


「ハムキャベツと、」
「え?」
「ハムキャベツと!」
「ハムキャベツは終わった!」
「ハムカツと鶏豆腐。」
「ハムカツ、肉豆腐!」


小さいメモ紙に、注文を書きなぐる。
「普段もこんな感じです。今日はさすがにもっと忙しそうですけど。」と平松君。
それでも帰るお客さんが握手や写真撮影を求めると、
しっかりとそれに応じていた。


店員さんが目の前に瓶をドンと置くと手際よく栓をあけた。
辿り着いた瓶ビールと、ハムカツ、鶏ではなく豚の乗った肉豆腐は思いのほか美味しい。
レモンサワー、たこ刺し、海老、こんにゃく煮、焼売揚げ、しいたけ天、スパゲティ。


後ろで平松君が誰かと話しており、知り合いでもいたのかと思ったら、
トイレの列で並んでいる知らない人同士の会話だったと言う。
トイレのみならず席でも通路でもちょっとした拍子で、知らない人との話は始まる。
隣の男女は、上司と後輩で、今日が休日でここに来たという。
平日の休み、自由な髪型…一体なに仕事かと思えば、美容師ときいて納得。
自分たちはミュージシャン同士と言うと納得していた。
平松君のフォークな風貌には特に、そしてベルボトムのポケットに着目していたのもさすが美容師。
話していると、音楽の趣味も通じ合うものがあった。
さすが、表参道の美容師。


ぜんさんもいつの間にか、向こう側の席へ行って違うグループにつかまり、
こちら側でもトイレに並んでいた時点でコミュニケーションが発声した女性を席に案内し、一緒に飲んだ。
これが富士屋本店のグルーヴ、すごい。
こんなにコミュニケーションが行き交っているのは、訪れた人がみな閉店を惜しんでいるからか。


あっという間に閉店時間になり、人々は惜しみながら一目散に店を去った。
店を出ると、1次会が終わったあとの大学生のように、さっきまでの皆さんが周辺に居り、店の写真を撮ったりしていた。
また飲みましょうね、と言ってみんなと別れる。
富士屋はもう行けないけど、ここで会った人たちとはまた会うかもしれない。
列に並ぶことを諦めなくてよかった。
立ち飲み店に立って並んでいたのに、一瞬たりとも苦に思わなかった。
富士屋本店よ、どうもありがとう。



山家に流れた私たち。
もうみんな目を半分ぐらいにしながら話していた。
私が一番、目を瞑っていた。
みんなでガシガシ飲んだサワーの酔いがきた。



店を出て、呼びつけたきむりんとハチ公前で会う。
完全シラフきむりんの目に、酔っぱらい私たちはどう映っただろうか。
店で飲み物でも買って一杯やる提案もあったが、私の眠気がすごかったので立ち話だけして解散。
これじゃあ、きむりんに平松君の迎えを頼んだみたいになってしまったな。
みなさん、どうもありがとう。


家に帰ってからも、富士屋のことを考えた。
半世紀近くに渡り渋谷の人々に親しまれて来た名店が終わる。
飲み屋を多く知っているわけではないが、あのような店はほかにない。
なんでも古い物を遺せばオッケーというわけでもないけど、悲しいのは、街の風情や個性が、どんどん排除されてゆくこと。
幻のような時間だった。

 
Trackback(-) comment (1) | 日常
comment
カンバイ
トレノ #-
お疲れ様でした。同じ日に店にいました。
火曜日からずーっと「富士屋ロス」でネットで富士屋関係の書き込みを漁っています。
カンバイとはこの店が標準で出していた日本酒の銘柄です。埼玉の久喜にある寒梅酒造の「寒梅」。
たまに新潟の越乃寒梅と間違えられていることもあります。
2018/11/02(金) 22:32:34 | URL | edit
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